東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1426号 判決 1969年5月09日
原告
高山清子
被告
高田長治
主文
被告は原告に対して金七〇、〇〇〇円を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は五分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金四〇〇、〇〇〇円を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因を次のとおり述べた。
一、原告は、横浜市中区尾上町六の八三明治生命保険会社桜木町支店(訴外会社という)の婦人外交員として勤務し、一ヶ月固定給金一〇、〇〇〇円、外交員報酬平均一ヶ月金四〇、〇〇〇円、合計金五〇、〇〇〇円の収入を得ている。原告の生活に要する経費は一ヶ月金二〇、〇〇〇円であるから実際の純益は、一ヶ月金三〇、〇〇〇円である。
二、原告は、昭和四一年五月八日被告の勧誘に応じ、友人訴外渡辺ユリ子と二人で、被告の運転する被告所有の自家用乗用車登録番号神5ふ二八八六号(破告車という)に便乗し、後部座席に同乗していた。
そして、被告車は同日午前一一時頃山梨県本栖湖紫雲荘前湖畔にさしかかつたが、被告が運転を誤り一時停車しないでハンドルを左に切つたため、前車輛より路傍の低地に転落した衝撃により原告は胸に打撲の傷害を受けた。それから、三週間経過後微熱を発し気分勝れないため医師の診断を受けたところ、胸部挫傷(左第六、七助骨亀裂骨折)外傷性気管支肺炎と診断せられ、昭和四一年六月一日より四ヶ月間の全治見込みとなり休業安静することとなつた。
三、原告は、右の不法行為により、昭和四一年五月九日より同年九月末日迄休業安静治療を受けるに至り、因つて左のとおり損害を被つた。
(一) 治療費合計金一〇〇、〇〇〇円
(二) 安静休業のため、昭和四一年五月より同年九月末日迄五ヶ月間の得べかりし利益合計金一五〇、〇〇〇円
(三) 原告の肉体的精神的に被つた損害に対する慰藉料金一五〇、〇〇〇円
四、よつて、被告は原告に対し、本件不法行為に基く損害賠償として、合計金四〇〇、〇〇〇円を支払う義務があるから、これが支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。
〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。
原告請求原因事実のうち、昭和四一年五月八日被告が、原告及び訴外渡辺ユリ子を被告車に同乗させて、山梨県本栖湖附近道路を運転した事実は認めるが、その余の事実はすべて争う。
一、被告車が、舗装された道路から未舗装の道路へ移る場合、両道路に高低の差があれば、これにより車がバウンドすることは当然であるから、本件交通事故は不可抗力により発生したものである。
二、仮に、本件交通事故が被告の運転上の過失に基くものであるとしても、
(一) 被告車が舗装道路から未舗装の道路に移る際には、同乗者である原告は、車のバウンドに対処して、車内の固定部に身を支えたり、乗車姿勢を正したりしてその衝撃に対処すべきであるのに拘らず、漫然と前部座席の背あて部分に両腕をのせ、被告らと冗談をいい合つたりしていたものである。よつて、原告のこの点に関する過失は損害額の算定について充分斟酌されるべきである。
(二) 友好関係にたつ者の間の無償の好意運転は、有償の旅客運送における乗客の運送人に対する関係と同一視し得ないものであり、これはいわば運転者の一方的な好意ならびに負担によつて同乗者が利益を得ているといえるのであつて、かかる場合、運転者の軽過失によつて同乗者が損害をうけたとしても、これの賠償請求をなし得ないことは、あたかも、民法第五五一条第一項において、贈与者の担保青任が否定されているところと、その法理において相通じるものがあると言えるのである。
ひるがえつて、本件交通事故当日の原被告間の運送関係をみると、原被告は他の友人らと連れだつて富士五湖方面へ行楽に赴いていた事実からして好意運送の関係にあつたことは明白であり、被告の過失は極めて軽度であるから、原告が被告に損害賠償を請求することは権利の乱用として許されないものである。又、仮に被告の賠償義務が否定されないとしても、右好意運送の事情は損害額の算定について充分斟酌されるべきである。
〔証拠関係略〕
理由
一、原告主張の日時場所において、被告が、原告と訴外渡辺ユリ子を被告車に乗せて運転していたことは、当事者間に争いがない。
二、〔証拠略〕によると、本件事故現場は、舗装された道路から、本栖湖に下る未舗装の道路が一二〇度位の角度で逆V字型に左折しており、舗装道路面の高さは未舗装道路面から約二〇糎から二五糎高くなつていた。被告は、舗装道路から未舗装道路に左折する際、一たん停車することなく、速度を落したまま未舗装道路に進入したため、右路面落差のため、被告車がバウンドし、その衝撃により、原告は胸部挫傷(左第六、七助骨亀裂骨折)外傷性気管支肺炎の傷害を受けたことを認めることができる。右認定に反する被告本人尋問の結果は信用できないしその他これを覆えすに足る証拠もない。
三、自動車の運転手たる者は、舗装道路から未舗装道路に移る際、舗装道路面が未舗装道路面から約二〇糎ないし二五糎高くなつているような場合には、車体のバウンドにより同乗車に強い衝撃を加えないよう、一時停車した上、慎重に運転すべき注意義務がある。被告は、右認定のとおり、一たん停車することなく、速度を落したまま漫然未舗装道路に進入したのであるから運転上の過失があつたものといわなければならない。よつて、被告は原告に対し不法行為による損害賠償の責に任じなければならない。
四、本件交通事故によつて生じた原告の損害について判断する。
(一) 原告は、治療費として金一〇〇、〇〇〇円を主張するが、これを立証するに足る何らの証拠も提出しないから、これを認めることはできない。
(二) 原告の得べかりし利益の喪失による損害
(1) 〔証拠略〕によると、昭和四一年六月はじめ頃、原告の胸部挫傷(左第六、七助骨亀裂骨折)の傷害はほとんど治癒していたが、外傷性気管支肺炎のため同年六月三日から二週間自宅安静を必要とする病状にあつた、ところが、原告は自宅で安静に養生にはげまず、仕事に出たり、喧嘩して傷害を受けるなど粗暴な振舞が多かつたため、外傷性気管支肺炎の治療がながびき、同年九月末頃に至つて治癒したことが認められる。
(2) 〔証拠略〕によると、原告の一ヶ月の平均収入は金四六、八八九円であることが認められる。
(3) 原告は、休業のため五ヶ月間得べかりし利益を喪失した旨主張するが、前記(1)で認定したとおり原告の不養生のため治療がながびいたのであるから、これを全面的に認めることはできない。原告の本件交通事故による休業期間は、右認定事実からして、昭和四一年五月八日から同年六月一七日までの四一日間と考えるのが相当である。よつて、この期間中原告の喪つた得べかりし利益の損害は、金六四、〇八二円となる。
(4) 過失相殺
原告本人尋問の結果によると、本件交通事故が発生したとき、被告車の後部座席に座り、前部座席の背あて部分に両腕をのせていたことが認められる。
本件事故現場において、被告車が舗装道路から未舗装道路に左折する際には、原告としては、車のバウンドが当然に予想されるのであるから、車内の固定部に身を支え安全な姿勢をとつてこれに対処する注意義務があるものと解され、又、原告がこの注意義務をつくしていれば本件交通事故を回避することも可能である。しかるに、原告は前記認定のとおり、こともあろうに、前部座席の背あて部分に両腕をのせていたのであるから本件交通事故の発生につき一半の責を免れないものといわざるを得ない。よつて、前記損害額金六四、〇八二円から金一四、〇八二円を過失相殺により減額することとする。
(三) 〔証拠略〕を綜合すると、被告は、無償で原告を被告車に同乗させていたこと、すなわち、友好関係にたつ者の間の好意運送であつたことが認められるけれども、被告の過失は、その主張するように極めて軽度のものとは考えられないから、権利乱用の抗弁を認めることができない。しかしながら、好意運送の事情に原告の被つた傷害の程度その他諸般の事情を併せ考慮すると、慰藉料として金二〇、〇〇〇円が相当である。
三、そうすると、原告の請求中、以上合計金七〇、〇〇〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)